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11. 炊飯事業へ

■平成元年
高崎工場で炊飯事業を始めることになる。
それまで高崎工場では餅、笹団子、白玉を製造していたが、それぞれの商品の位置づけとして、餅は季節商品、笹団子はお土産・スポット商品。よって工場の操業度は冬期を除いて低く、通年の安定稼動にはどうしても新たな商品が必要だった。そこで対象となったのは、日本の伝統食の米であり、それも新潟産コシヒカリの炊きたてご飯であった。
というのも、当時、群馬県の温泉地である伊香保、草津は人手不足のため、雇用面で人の確保が困難で経費が増大していた。そこで当社としては炊いたごはんを納入することを試みた。
その後バブルもはじけ、人手も満たされるようになり、また冬期の物流体制の難しさから温泉地の販売は5年でとりやめた。代わって米飯の新たな販売先として、地元の食品スーパー、新業態の量販店などに炊飯、寿司飯等を納入する戦略に切り替える。
これ以降、炊飯事業は後の平成5年秋より社運をかけて取り組んだ赤飯、おこわ事業とともに相乗効果を図りつつ、拡大の方向へと推移していくことになり、米飯事業への本格的な取り組みが始まった。

この時点で高崎工場では「もち」、「米飯」、「笹団子」の3部門が揃うこととなる。








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