2. 大手との特約

■昭和32年
この年は月桂冠(大倉酒造)と特約店としての推薦取引が決定された年である。当時月桂冠は酒類卸業者にとってはキリンビールと同様に絶対に必要な戦略銘柄であり、それだけに特約することは業界では並大抵のことではなく、当時は県内でも明治屋と当社の二社のみであった。

こうして当社はキリンビールをはじめ、灘、伏見の大手、清酒メーカー、キッコーマン、オーシャンウイスキー、協和発酵工業などの一流メーカー、一流銘柄との特約に恵まれ、またその時々の得意先にも恵まれて、一歩一歩堅実に上昇をたどることができた。

またこの年10月21日に創立5周年記念式典を長野県渋温泉渋ホテルに於いて、十日町税務署長をはじめ取引先関係各位1 6 5 名の列席をお願いして執り行った。5年の歴史を回顧、反省し、激動する未来のあるべきビジョンを探求し、将来の繁栄への決意を新たにした。

■昭和33年頃
酒類業界は、各酒類とも順調に生産量が増えて、いよいよ供給過剰期に入った。この年日本経済はデフレの影響で不況感となり、反面販売市場戦争は厳しく市場の取奪や複雑化が増して商売が容易ならざる環境となってきた。

昭和33年は更に三和飲料株式会社を設立し、サンワシトロン、サンワジュースなどを製造し、酒類卸のルートで販売、本格的な製造業に着手した。

自社製造部門の設置理由としては、酒類卸売業だけでは社会への貢献、社員の幸福水準の向上はいずれ困難になる。付加価値の高い製造業にリスクは伴うものの、チャレンジしていかなければその実現は難しいと判断した。

また三和飲料設立については、当時清涼飲料がどんどん売れていった時代で、スキー場、山間地域向けの製品を開発製造し、卸部門の酒販店ルートで積極的に販売していくことで今の製造部門の基礎を作った。

■昭和34年
池田内閣になって、わが国の経済は一段とテンポを速め、生産、貿易、所得、雇用等全般にわたって伸張期に入った。

当社では公定価格の廃止に備え、主要地点の販売開始への連絡所設置に着手した。

■昭和34年9月
六日町に蔵置所を建築し販路の拡大を図った。好況のなかで、特に塩沢、越後湯沢、六日町はスキー場を有することから、スキー関連の得意先の拡大に大きくつながった。

業界も年々増産される清酒を軸に全酒類を通じて過剰となった。戦中戦後20年も続いた酒類の公定価格も34年9月末日をもって廃止され、10月1日より改正酒団法により新価格制度に移行するという画期的な転換期であった。

■昭和35年10月1日
酒類の公定価格が廃止となり、基準販売価格に移行した。

■昭和37年10月
会社創立10周年を松之山温泉凌雲閣において税務当局をはじめ、来賓、取引先各位多数の参加を得て、盛大に予定どおり実施することができた。

当社もこの頃には小企業ながら、企業とは何か、組織はどうか、経済志向が優先するなかで、経営哲学、経営責任を意識するようになってきた。

(経営理念)
・企業は社会の公器
・人間尊重

(基本方針)
・ 顧客第一主義
・ 品質本位
・ 堅実経営

その後も会社はキリンビールの成長とともに酒類を中心に発展を遂げていく。

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